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「この島は机の島より大きなる島にて、今は畑に開きたり。この島に硯石とて奇なる所あり。義経の硯石とて石の窪成に水溜れり。この島の向うは筆染村にて、硯石・筆染なぞ呼べるもの、もと机の島の名より出たりけむ。享保2年能登紀行には、鬼が島とす。」(『能登志徴』より)
(左:滔々波頭波汀に打砕け青松の絶美を奏づる和倉種ヶ島の景観)(右:種島の景観)
(左:種ヶ島の風光葉書の右側に「島ひとつ、ひとつに晴れて時雨あり」箕山の俳句あり)
(右:左上に「伝説に名高き机島より種ヶ島を望む」右下に「弘法大師來錫の際に机に代用したる大石と硯水に用いたる水留石あり、今尚其水絶えずと云う、依って此の名あり」)